「定年がない仕事」の本当の意味

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杖をついた職人を、僕は見たことがありません
建築現場には、松葉杖の人がいません。
杖をついた人も、見たことがありません。
考えてみれば当たり前なんです。
現場は、バリアフリーの真逆だから。
僕は52歳、大阪を拠点に関西圏で建築現場を回る職人です。毎日いくつもの現場を渡り歩いて、12年以上やってきました。
その中で、「これは元気なうちにしか続けられない仕事だな」と痛感する瞬間が、年々増えています。
今日はその話を書きます。
会社員の方にも、自営業の方にも、たぶん他人事じゃない話です。
バリアフリーの真逆な現場で、僕らが背負っているもの
家を1軒建てるのに、職人は30人から50人ほど関わります。職種で言うと20〜30種類。
その現場の中身は、こんな感じです。
2階に上がるのは、はしごです。ちゃんとした階段はありません。
アプローチは泥。雨の翌日は、長靴がズブッと沈みます。
足場は人ひとりがやっと通れる隙間。カニみたいに横向きにならないと進めない場所もある。
仮設の階段を昇ることもあります。手すりは付いていますが、踏み板はガタつきます。
要するに、五体満足じゃないと、現場の中を歩くことすらできない場所なんです。
そして、現場ではヘルメットと安全靴の着用が、法律で義務になっています。
この義務、よく考えると怖いです。
裏を返すと、それがないと、上から物が落ちて頭が割れたり、足の指が潰れる可能性がある現場だ、ということだから。
ケガをしたその日から、収入はゼロになります
歩けなくなるケガをしたら、僕らは現場には戻れません。
手の一部を失ったら、もう続けられない職種もあります。
そして、その日を境に、収入はゼロになります。
「来週からまた現場に入ってな」と言ってくれる人は、誰もいません。
代わりの職人を探すだけです。
現場は工程表に基づいて動いてる
動けなくなった人はすぐに変わりが探される
それが現場仕事のリアルです。
幸い、僕は10年以上、現場での大ケガはしていません。
それでも、「ヒヤッとした瞬間」は数えきれないくらいあります。
このリスクが消えることは、たぶん、生涯ありません。
100キロ走る車の中で、毎日考えていること
現場での事故だけが、リスクではありません。
僕は毎日、車で約100キロ走ります。関西圏の現場を回るからです。
10年以上、無事故無違反です。たぶんベテランドライバーの部類です。
それでも、自分がどんなに気をつけても、もらい事故は避けられません。
車が壊れても、身体が大丈夫ならまた仕事に行けるかもしれません。
でも、入院するくらいの事故だったら。
入院した瞬間、現場には行けません。
現場に行けない瞬間、収入はゼロです。
ハンドルを握るたびに、「今日、もらい事故で全部終わるかもな」という考えが、いつも頭の隅をかすめます。
これは、僕ら現場仕事の人間だけの話ではないと思っています。
営業で外回りをする方、運送業の方、訪問サービスの方。
体ひとつ、車一台で動いている仕事は、同じリスクを抱えています。
一人親方には定年がない。代わりに、終わりは突然来る
僕の現場には、78歳の大工さんがいます。
毎朝、長靴を履いて、ヘルメットをかぶって、僕より早く動きます。
現場は騒音がすごいので、耳がやられて補聴器を付けています。
すごい人です。尊敬しかありません。
70代、80代の現役職人は、僕の周りに何人もいます。
僕ら一人親方には、定年がありません。
体さえ動けば、何歳でも現場に立てる。「必要とされ続ける」のは、職人として幸せなことです。
ただ、それと同時に、こういうことでもあります。
「終わりの日を、自分では決められない」
階段で踏み外す。 資材が足の指に落ちる。 心臓が、ある朝動かない。
そのどれかで、ある日突然、現役を終えることになる。
僕は今52歳。 70歳の自分が現場で動けているかは、正直、自信がありません。
会社員にあるのは「定年」、僕らにないのは「保証」
一方で、会社員の方にあって、僕らに無いものもあります。
定年です。
「定年があるなんて不自由じゃないか」と思う方もいるかもしれません。
でも、定年が来る日までは、給料は振り込まれます。
これは、僕らの世界には無い、大きな「保証」です。
どちらが恵まれているか、という話ではありません。
どちらの立場でも、収入源がたった1本しかないと、いつか足元がぐらつく日が来る、という話です。
職人は、ケガで突然止まる可能性があります。 会社員は、定年で必ず止まる日が来ます。
タイミングと形が違うだけで、収入源が1本しかないリスクは、誰にも平等に乗っかっています。
ありあまる充分な退職金、企業年金、巨額の貯金があって、悠々自適な老後が約束されているなら
話は別ですが。
本当の安心は、また稼げる力から生まれる
ここで、僕が大事にしている考えを書きます。
本当の自由は、大金を持つことではありません。
必要なときに、必要な分を、自分でまた稼ぎ直せる力を持つこと。
これが、本当の意味での安心だと思っています。
理由はシンプルで、お金はいくらあっても減っていくものだからです。
通帳残高を見て一瞬安心しても、生活費や急な出費で、残高はまた減ります。
貯金や金融資産が莫大にあったとしても、少しずつ目減りしていくのは
気分が良いものではありません。
まるで、自分の人生の残りの砂時計が少しずつ減っていくような
嫌な感じがします。
でも、「自分でまた稼ぎ直せる力」は、減りません。
むしろ、経験を重ねるほど増やしていけます。
しかも、その力は、現場に出られなくなった日も、定年を迎えた日も、奪われません。
今日からできる、小さな一歩
「とはいえ、何から始めればいいか分からない」
僕も2年前まで、そうでした。
そんな僕が始めたのは、現場で考えてきたことを言葉にして、発信することでした。
現場での話。 車での移動中に思ったこと。 若手がいない現場を見ていて感じていること。
特別なスキルや、すごい実績は要りません。
自分の中にあるものを、文字にして外に出す。それだけです。
最初は誰にも読まれません。
でも、続けていると、少しずつ「読んでくれる人」が現れます。
その積み重ねが、いずれ「もう1本の柱」になっていきます。
体ひとつではなく、言葉や経験でも稼げる、という別の足を地面につけておく。
それは、現場に立てなくなった日の自分を、確実に救ってくれるはずです。
まとめ:もう一本の柱を、動けるうちに
体が動かなくなった瞬間、収入が止まる。
これは、現場仕事だけの話ではありません。
会社員にも、自営業にも、形を変えて同じリスクがあります。
だからこそ、今のうちに、自分でまた稼げる力を、少しずつでも育てておく。
大金は要りません。 必要なときに、必要な分を稼げる力で十分です。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
このブログでは、現場で考えてきたことの「表側」を書いています。
ただ、もう少し踏み込んだ話、たとえば、
- 52歳の僕が、ゼロから発信を始めて、何でつまずいてきたか
- 「もう1本の柱」を、現場仕事を続けながらどう作っていくか
- 動けるうちにやっておくべきこと、後回しでいいこと
- 家族にどう話を切り出したか
こういった、ブログには書きにくい本音の部分は、メルマガで書いています。
僕と同じように、「このままでいいのか」とどこかで感じている方には、たぶん参考になる話があります。
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